年下彼氏と年上彼女の×××事情

 ああとうとう来てしまったと彼女は思った。どうにか現役高校生ではなくなったが、未成年には変わりない。隣にいる年下の恋人をちらりと見て、自分がとんでもない悪事に手を染めてしまったような気持ちになった。
 年下の恋人の名前は花岡楓士雄という。割と小柄で、彼女がハイヒールを履くと楓士雄の背を抜いてしまいそうになる。それを気にしてヒールのない靴を履いたこともあったが、楓士雄は遠慮されるのが嫌らしい。「俺、ヒールの方が好みなんで!」と高らかに宣言されたくらいだ。
 高校生くらいまでは、社会人の彼氏とか、学校の先生と秘密の恋なんてシチュエーションに憧れた。しかし、「未成年淫行」という世の中のルールに触れた大人たちが世間を騒がすこともしばしばだ。夢から覚めて現実を知ると、かつて憧れたことも気持ち悪いと感じるようになった。
 それなのに、まさか自分が悪い大人になってしまうなんて。楓士雄の熱烈なアプローチに根負けして付き合い始めたのだが、楓士雄と一緒にいる時はそわそわしてしまう。自分と楓士雄が周りからどう見られているのか気になって仕方なかった。
 対する楓士雄は、彼女がデートを早めに切り上げようとするとどうにか引き留めようとしていた。楓士雄本人は、自身が世の中に守られている存在だなんてちっとも思っていない。絶望団地や鬼邪高校という、弱肉強食の世界で育ったのもあるだろう。彼女の胸中など知らず、彼女が早めに切り上げるのは自分の力不足ではないかと更に愛情表現を強くしてしまう。そしてその猛烈な押しが、彼女を余計に悩ませるのだ。
 彼女から見て、楓士雄はあくまで男の子だ。男の人ではない。可愛らしくて、甘やかしたい。例えば犬や猫のように。しかしその受け止め方では楓士雄の感情に押しつぶされてしまう。楓士雄は彼女のことが心の底から好きなのだ。好き、ゆえに彼女に触れたがり、繋がりたがる。
 キスはした。楓士雄が予想外にしっかりキスをしてきたので、彼女が塗っていたリップの色が楓士雄の口元に移ってしまったくらいだ。楓士雄がごしごし手で拭っても落ちるどころか余計に色が広がり、彼女がリムーバーコットンで拭いてあげた。その時のしかめっ面を可愛いなと感じたことは彼女だけの秘密だ。
 キスをするようになると、今度は楓士雄の手が彼女の背中や腰を撫でるようになった。映画館でも、当然のように手を重ねてくる。構って欲しそうに触れてくる楓士雄に、彼女は必死に耐えた。ここが正念場だ。彼女は先手を打って楓士雄に伝えた。
「楓士雄くんが高校卒業するまでは、キスから先は絶対だめ。しない」
 楓士雄としては納得がいかない。好きな人が目の前にいるのに我慢しろなんて拷問に近い。盛りの身体に溜まったものをどうすればいいのか。しかし駄々をこねたら最悪別れ話を切り出されるかもしれない。ぐっと耐え忍んで過ごしてきたが、彼女に似た女優が出ているアダルト動画で気を鎮めたことは、ある。
 それぞれの想いがうまく噛み合わないまま季節は巡り、楓士雄は鬼邪高校全日制を卒業した。めでたいことには変わりないので、普段よりも良い店でお祝いをした。彼女が「卒業おめでとう」と伝えると、楓士雄はポケットから何かを出して、彼女に差し出す。
「ボタン?」
 テーブルの上でころりと半回転したそれは、鬼邪高校の学ランに付いている金ボタンだった。
「第二ボタン、誰かにあげたくて……。ベタっすけど、ちょっと憧れてたんで……」
 思いがけない贈り物に、彼女は新鮮な気持ちになる。中学の時に付き合っていた彼氏はそんなことをしなかったし、高校の時はそもそもブレザーだった。彼女は楓士雄のボタンを手のひらに乗せて、しげしげと眺める。
「ありがとう。でも、どうしようこれ。貰った側ってどうすればいいの?」
「……あー、指輪にします? ほら、穴空いてるんで、ここに針金通して!」
「指輪って」
 楓士雄の発想の面白さに、彼女はぷっと吹き出す。小さなボタンがなんだか愛おしくなり、バッグからポーチを出すとその中にしまった。
「お守りにするね」
「お守り! 間違いないです! 幸運厄除悪霊退散! 何にでも効きます!」
 ぐっと親指を立て、楓士雄は満面の笑みを浮かべた。受け取って貰えたのが嬉しくて堪らないらしい。
「ところで」
 そしてその笑みを崩さないまま、楓士雄は切り出した。
「いつエッチします?」
 まだ明るいうえに、ここは小洒落たカフェ。隅の席とはいえ、近くのテーブルには聞こえてしまったかもしれない。彼女は焦って、人差し指を口元に当てて楓士雄に「しいっ!」と伝えた。
「楓士雄くん、場所考えて!」
 
 高校を卒業するまでと決めたのは自分だ。一方的に押し付けたことなのに、楓士雄はちゃんと守ってくれた。それでもまだ楓士雄が未成年であることが彼女を迷わせる。
「俺って、男としての魅力ないですか?」
 なかなか応えてくれない彼女に、楓士雄はしょげた顔で尋ねた。そりゃあ、背は低い方だし、いつまで経ってもガキみたいだしと、楓士雄は思い当たることを口にする。例えば俺がドロッキーやサッチーみたいなら、彼女は即座に頷いてくれたかもしれない。楓士雄の頭の中には、絵に描いたようなイケメンが二人浮かんでいた。
 そんなことないと彼女は心の中で首を振る。自分をまっすぐに見つめて笑う姿は年下の男の子なのに、時々ふっと見せる、遠くを見つめている時の顔は十分に男の人だ。どちらにでもなれる、わずかな期間。万華鏡のように楓士雄は姿を変える。そしてどの瞬間も、彼女の胸を締め付ける。
 もうこれ以上は彼女が我慢できなかった。笑わないでと前置きをしてから、楓士雄に胸の内を明かす。
「……未成年淫行で、捕まりたくない」
 未成年までは楓士雄も理解できた。だが、その先の「インコー」とは? 聞き慣れない言葉に楓士雄はきょとんとしたまま固まった。
「インコーって、何すか?」
「……そこから説明しないといけないの……?」
 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。楓士雄に伝わるように言葉を選ぶと、どうしても直接的なものになってしまう。彼女は顔を真っ赤にして、か細い声をひねり出す。
「楓士雄くんと……エッチすると、捕まるかもしれないの……」
「なんで!?」
「なんでって、法律……だから……」
 もう彼女の声は消えてしまいそうだった。こんなことを心配している自分も、それを打ち明けるこの状況も恥ずかしい。すっかり小さくなってしまった彼女に、楓士雄はあっけらかんと言った。
「そんなの、バレなきゃ大丈夫ですって!」
 うん、そうだよね。楓士雄くんならそう言うと思っていた。予想通りの返事に彼女は脱力する。
「バレないとこなら、おすすめの場所があるんですよ」
 悪戯っ子のような表情で、楓士雄が提案する。
「なんでそんな場所知ってるの……」
「あ、……いや、下調べは大事かなーと思って……」
 彼女から正式な返事が来るまで悶々としていて、それを紛らわすために周辺のラブホテルを調べていたなんて口が裂けても言えない。気まずそうに視線を逸らしながら、楓士雄ははぐらかした。
 そして楓士雄が提案したのがこの寂れたラブホテルだ。ここに来るまで、何回角を曲がったことか。なるほど確かに秘密の逢瀬には最適だろう。
「隠れた人気ラブホらしいんですよ!」
「……本当だ、あと一室しか空いてないよ」
「うわっ、ギリギリセーフ! 早くチェックインしねぇと!」
 入ってすぐのところに設置されているタッチパネル式の機械で楓士雄はチェックインの手続きを始めていく。どうやら希望の部屋と利用時間を選べば完了らしい。部屋の鍵はどうするのかと思えば、タッチパネルの下から出てきた紙に説明が印字されていた。
「『そのままお部屋までお進みください。鍵は自動で開きます』……?」
 楓士雄も彼女も、ホテルの部屋はフロントで鍵を受け取るものと認識している。初めてのことに、半信半疑でエレベーターへと向かう。
「……本当に鍵開くのかな」
 そんな彼女のつぶやきが、楓士雄は少し嬉しかった。少なくとも、同じシステムのラブホテルには来たことがない証だ。だが、それ以上に楓士雄も戸惑っている。
 チェックインした部屋のある階に着き、エレベーターを出ると照明の少ない廊下が真っ直ぐに伸びていた。ひとつだけランプが点灯しているところが、楓士雄たちの部屋らしい。
「ここっすね」
 楓士雄がドアノブを掴むと、確かに鍵は開いていた。「どうぞ」と彼女を先に部屋に通す。
 入ってすぐは靴を脱ぐだけのスペースだった。二人が並ぶと、肩がぶつかりそうだ。彼女はヒールを脱いで、小上がりに置かれたスリッパに履き替える。ふかふかとした履きごごちで、少し贅沢な気分になった。
 小上がりの先にある内扉を開けると、真っ先にダブル、いやクイーンサイズはありそうなベッドが目に飛び込んでくる。
 これが旅先の宿なら、すぐさまベッドに飛び込んでいた。しかし、このベッドは身体を休めるためのものではない。突き付けられた現実に彼女が竦んでいると、後ろから楓士雄が抱きついてきたではないか。
「……ッ!」
「今更『ダメ』は聞けねぇっすよ」
 楓士雄の腕に力がこもる。いつもよりもずっと距離が近くて、楓士雄の息継ぎの音までが彼女の耳に届いていた。
「俺らと同じように、ワケありのカップルばかりっすよ、どうせ。そんでみんなエッチしてるんだから、バレないし」
 楓士雄の言う通りだ。こんな時間からみんな集まって、各々の部屋で貪り合っている。隣は親に隠れてこっそりと、向かいの部屋は誰にも言えない性癖をさらけ出しているかもしれない。そう考えれば、彼女の枷はふっと軽くなった。
 それを感じ取ったのか、楓士雄は腕の中の彼女をくるりと回して自分と向かい合わせる。ヒールを履いていない本当の彼女の背丈は、楓士雄よりもほんの少し小さい。楓士雄と視線を合わせようと彼女が顔を上げた刹那に、楓士雄は唇を押し付けた。
 小刻みに息継ぎを挟みながら、楓士雄のキスは続く。呼吸のペースを乱された彼女はだんだん頭がぼうっとしてきた。
 そろりそろりと動いてきた楓士雄の片手が、彼女の腰のカーブを撫で下ろしていく。丸く肉がついたところをスカートの上から触った。と、ここで楓士雄は違和に気付く。
 んん、ない?
 楓士雄の頭にある下着の形を感じ取れないのだ。あるべきラインを探して手を動かしていると、彼女が恥ずかしそうに身を捩る。
「楓士雄くん、なに……、っ」
「え、あ、いや……えっと……」
 ノーパンですか、なんて聞けない。
 一方の彼女は、こっそりと楓士雄へのサービスを仕込んできた。腰から下の輪郭に綺麗に沿うスカートに、普通の下着は相応しくない。あくまでファッションの完成度を優先してのことだが、ラインの出ない下着を履いてきたのだ。いつ楓士雄が勘付くか、彼女はどきどきしていた。
 しばらくスカートの上から探っていた楓士雄は、おそるおそる彼女に尋ねた。もうこれしか思いつかない。
「……あの、ノーパンなんすか……?」
「履いてるから!」
 楓士雄の斜め上の発言に、彼女はつい情緒のないことを口走ってしまった。
 彼女に否定され、楓士雄は首を傾げながら再度丸みを探る。その手つきが意図せずいやらしくて、彼女の身体が小さく震えた。
「あ」
 ようやく楓士雄は正解にたどり着いた。ごくりと喉を鳴らして、彼女に聞く。
「もしかして、ティーバック……」
 彼女がこくりと頷いた。
 それを見た楓士雄は、断りもなく彼女のスカートの横にあるスリットから手を入れる。直接触るとより下着の形がはっきり分かった。必要最低限の面積しか覆わない、扇情的な下着だ。
 スカートの中に入った楓士雄の手は、そのまま彼女の素肌を撫で回した。手のひらを太ももに絡ませるように動き、時折指の先で下着に覆われたところをやわらかく押してくる。
「……っあ、ふじッ、……っん」
「ね、今日の格好って俺へのサービスっすか?」
 思えば待ち合わせ場所で会った時から、楓士雄はそう感じていた。チャイナドレスを思わせるような、膝のあたりまでスリットの入った長いスカート。上下が繋がっているように見えたのでてっきりワンピースと思っていたら、同じ色のセットアップだった。スカートのウエストからカットソーの裾を引き抜いて、楓士雄は言う。
「こんなに脱がせやすくて、エロいから」
 楓士雄に煽られ、彼女はうんともすんとも答えられなかった。
「黙ってるってことは、正解?」
 引き抜いた裾からもう片方の手を侵入させながら、楓士雄は彼女に問うた。彼女は口を噤んだままだが、うっすらと頬の赤みが増している。
「いや、照れなくていいんすよ? 俺、めっちゃ嬉しいんで」
 お情けでさせてくれるのではない。ちゃんと彼女もその気なのだ。楓士雄は目を細めた。
 彼女は顔を見られたくなくて、楓士雄の胸元に額を押し付ける。それを甘えただと勘違いした楓士雄は、あやすように彼女を撫でた。もっとも、撫でた場所は肩甲骨の下、ブラジャーのホックがあるところと、足の間の際どいところだったが。
 ホックが留まっているところを楓士雄の手が何度も往復する。カッコつけて片手で外しにかかったが、予想外にもたついた。楓士雄は女性の下着の繊細さなど知らない。生地が痛むことなど構いもせずに、片手でぐいぐいと引っ張った。
 それにしても、随分しっかり留まっている。いつの間にかスカートの中にある手は動きが止まっていた。楓士雄は唇を尖らせ、ホックを外そうと躍起になる。観念してもう片方の手も使おうと思ったその時、やっとホックが外れた。
 よし、と楓士雄は頭の中で拳を握る。彼女の背中で奮闘していた手を胸元に移動させ、ふくらみに被さっているブラジャーをずらした。
「……え、ちょっと、でか……っ」
 触れて最初の一言はそれだった。
 服の上から見ていた時も平均よりはありそうだと楓士雄はこっそり値踏みしていた。ところが実際に触れたら、どうだ? やわらかくて、重みがある。
「これ、何カップあるんすか……」
 あっという間に虜になったやわいそれを手のひらで揺すりながら、楓士雄は問う。よく読む漫画雑誌のグラビア記事や、アダルト動画のキャッチコピーには何々カップという言葉がつきものだ。自分の自慢の恋人はどうなのか。胸のカップサイズをある種の称号のように捉えている楓士雄は、わくわくしながら答えを待った。
「そんなの……、どうでもいいでしょ」
 彼女にとってカップサイズとは、下着のサイズ基準でしかない。どうせ楓士雄はグラビアみたいな巨乳だと思い込んでいる。楓士雄が期待するサイズではないので、頑なに答えようとしない。
「教えてくれてもいいのに……、ん、あ? ちくび見っけ」
「??ッ!」
 彼女の胸の先端を見つけた楓士雄が、指先でそこをいじり始めた。指の腹が擦れる感触がくすぐったくて、彼女の身体が縮こまる。もちろん胸の先も同じで、楓士雄の指の間できゅうとすぼまった。
 硬くしこった感触が楓士雄を楽しませる。何よりそこをいじると、自分に抱きついている彼女がぴくぴくと震えるのだ。足に力を入れて、必死に立っている。
「……ちくび、勃ってる。舐めてもいいっすか?」
「ふ、……っん、い、……よッ」
 彼女は楓士雄の胸元に顔を埋めたまま、首を縦に動かす。髪の毛と楓士雄の服が擦れて少し乱れた。
 頷く彼女を楓士雄は壁に押し付ける。その時にどん、と予想外に大きな音がした。
「ひゃっ」
 声が聞こえた。彼女の声ではない。いきなり響いた第三者の声に、楓士雄と彼女は顔を見合わせる。試すように、楓士雄が軽く壁を叩いてみると、壁の向こうからまた反応が聞こえてきた。
「……気にすんな、ほら」
 今度は壁を叩く音に気を取られた相手をなだめる声がした。
「やだ、この部屋……壁、薄い……」
 向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も同じだ。夢中になっていたせいで今の今まで気付かなかったが、入ってからずっと隣に筒抜けだったというのか。彼女は酔いから覚めたような顔になる。
 せっかくいい雰囲気だったのに、と楓士雄は眉間にしわを寄せた。
「こっち、俺のこと見て」
「え……」
 彼女が視線を楓士雄に向けるのと、キスが降ってくるのはほとんど同時だった。楓士雄は両手で彼女の耳を塞いだせいで、顔を動かせなくなる。
 彼女の耳の中で、ごおごおという音が響く。楓士雄が口を動かしているから何か言っているのだろう。しかし、肝心の内容は何も聞こえない。
 楓士雄は細かく角度を変え、何度も何度も唇を押し付けてきた。そのうちに舌が彼女の唇に割り込み、ぬるりと口の中に入ってくる。
 いつの間にか彼女は目を閉じていた。暗くて、ほとんど何も聞こえない。感じるのは楓士雄の体温だ。耳に押し当てられた手のひらが思いの外あつい。口の中を舐る舌はぬるい。
「ん、はッ……、はーッ」
 こんなに長くキスをしたのは楓士雄にとって生まれて初めてだった。楓士雄といえど、さすがに息が上がったらしい。
「ふじお、くん……」
 きつく目を閉じていたせいか、彼女の目元がうっすら濡れている。
「ごめ、……っ、も、立ってるの、むり……」
 彼女の目が、横に設置されているベッドの方へと動く。そういえば部屋に入ってからずっと立ったままだった。今にも崩れ落ちそうな彼女に、楓士雄は問いかける。
「抱っこ、する?」
「ん……」
 眉尻を下げて彼女は頷き、楓士雄の首に腕を絡める。楓士雄は少し屈んでから彼女を抱き上げた。
 ベッドとの距離はほんのわずかなもの。むしろ持ち上げるだけで済むかもしれない。だからこそもう少しこのままでいたくて、楓士雄は彼女を抱いたままベッドの端に腰掛けた。
「……重かったでしょ?」
 長く息を乱されていたため頭がぼんやりしていた彼女だったが、案外すぐに気を取り戻すものだ。夢心地は終わり、楓士雄を気遣うようなことを口にする。
「全ッ然」
 嘘偽りない、楓士雄の本心だった。
 持ち上がるなら軽い、持ち上げられないなら重い。楓士雄にとって重い軽いはそんなものだ。
「それよりさ」
 楓士雄は抱いたままの彼女を、頭の方からゆっくりベッドに下ろす。背中がベッドについたところで、彼女は楓士雄の首に回していた腕を解く。腰から下は、楓士雄がゆっくり下ろしてくれた。
 そして楓士雄は彼女に覆い被さり、言う。
「さっきみたいなかわいい顔、もっと見せて」
 おねだりするような表情に、彼女は絆されてしまう。でも、楓士雄の望む顔をどう作ればいいのか分からない。あの時はどうしてそうなったんだっけと彼女は振り返る。
 耳を塞がれて、目を閉じて、余計なものをシャットアウトしていた。楓士雄のことしか考えていなかった。
 同じように楓士雄のことだけを考えようとした矢先、また壁の向こうの声が聞こえてくる。なぜ壁が薄いと分かっていて、枕をそちらに置くのか。彼女が余計なことを考えていると察した楓士雄は、少しむっとして彼女の着ている服を一気にめくり上げる。
 カットソーと、勢い余ってホックの外れたブラジャーも一緒にずり上がってしまった。
「あ……」
 これは楓士雄も予想外だった。対面するにはまだ心の準備ができていなかった。しばらく真顔で彼女の胸元を見つめて、感極まったように口を開く。
「だ、……大好きです!」
 ほんの少しでも視線が彼女に向けられていればよかったのに。楓士雄の目は彼女の胸元に釘付けのままだった。
「……楓士雄くん、そこを見ながら言わないで」
「あ! あー……、あは、はは……」
 楓士雄は気まずそうに視線を泳がせた。そんな楓士雄に彼女が手を伸ばす。楓士雄の後頭部に手を添えて、そっと撫でた。
「……そんなに好き?」
 ごくりと、楓士雄の喉が上下に動く。ついさっきまで腕の中にいた彼女は可愛かったのに、今はこんなにも余裕で、大人で。楓士雄を手のひらの上で転がしてくる。
「好き……です、いや! おっぱいだけじゃないから! 他も! ちゃんと、全部!」
「好きなら、はい」
 鼻の穴が広がりそうだと楓士雄は焦った。ぐいと引き寄せられて、やわらかいものの間に顔が埋まる。
「??っ、マジで好きにしますよ?」
「……いいよ」
 楓士雄は迷うことなく、彼女の胸の先端を口に含んだ。歯を立てないように気を付けながら、やわやわと唇で挟み、つん、と舌でつつく。もう片方には手のひらを当てて、指だけで先端の位置を探す。人差し指が勃ち上がっているところを捉えたら、爪でそっと引っ掻いた。
 口を使っているから、おのずと鼻から息が漏れる。ふうふうと小刻みに吹き出すその息は熱を帯びていた。
 楓士雄の頭に添えていた手がだんだん背中の方へ動いていく。シャツとその下のタンクトップを越えて、彼女の体温が伝わってきた。
「あっちぃ……」
 楓士雄は独り言を漏らして、肩を揺する。ボタンを留めていないシャツの襟元がずり落ちたが、そこから先は思うようにいかない。渋々楓士雄はいったん起き上がってシャツを脱ぎ捨てた。
 楓士雄が脱ぐのを見た彼女も、もぞもぞとカットソーを首から脱ぐ。二の腕のあたりに肩紐が引っかかっていたブラジャーもするりと抜いた。スカートのホックを外して腰を浮かせたところで、楓士雄の手がにゅっと割り込んできた。
「俺が」
 彼女が腰を捩らせるのに合わせて、楓士雄がゆっくりスカートを引っ張る。彼女の下半身から取り去ったスカートを、楓士雄はそっと自分のシャツの上に置いた。
 残るのは小さな下着だけだ。楓士雄は下着に手をかける前に彼女に尋ねる。
「……いい?」
「うん……」
 強く引っ張ったらちぎれそうなデザインで、楓士雄は二重の意味でドキドキしていた。おそるおそる腰の出っ張りから下着を下ろしていき、彼女の最後の砦を取り払った。
 何も身につけていない彼女をくまなく見ようと、楓士雄の瞳孔が大きく開く。身体中が熱くて堪らないし、下腹部には血が集まってずくずくと疼いている。
 楓士雄は息をするのが精一杯だった。その息でさえ、興奮して、震えて、乱れている。好き、大好き、愛してる、アイラブユー。様々な言葉が浮かんだが、楓士雄はどれも飲み込んで、彼女には口付けを贈る。
 それは荒っぽく余裕のないキスで、狙いが定まっていなかった。うまくお互いの唇が触れ合わず、彼女の口の周りがだんだん濡れていく。
「ん、ふ……、ッん、むッ、あ、んん……」
「……すげ、ぐちょぐちょ」
 楓士雄の指先は彼女の恥部を乱暴にまさぐっていた。ここまで十分に楓士雄が彼女を解しただけではない。彼女自身も、楓士雄を求めて身体の中の準備を整えていたのだ。
 ぬかるむ穴に楓士雄の指先が沈む。久方ぶりのこじ開ける感覚に、彼女が腰を反らせた。
「ふじおくん……、もっと、奥、まで……」
 浅いところだけではもどかしく、彼女は波打つように腰を動かし、楓士雄の指を更に奥へと進めようとしてきた。
「ん、こう? もっと?」
「ッあ、そこは……、ッや、やぁ」
「どっちなんすか? 教えてくださいよ。ここ、気持ちいい?」
 楓士雄の指先は彼女の中のある場所を捉えていた。滑らかな肉のトンネルの中で、ここだけ触り心地が違う。何かありそうだと楓士雄は直感していた。
 内側から刺激される度に、その上にある膀胱がぷくりと膨らんでいくような感覚がする。そのせいで身体が錯覚を起こして、彼女はそわそわと足を動かした。
「そこで指、動かさないで……、変になりそう」
「なろうよ、変に。二人でさぁ」
「……やっ」
 彼女の仕草は、所謂「感じてる」というやつだろう。そう楓士雄は思った。
 小さく震える彼女は、もう頃合いのようだ。楓士雄は指を引き抜いて、すっかり力の抜けた彼女の両足を左右に広げる。と、肝心なことを思い出す。ベッドのヘッドボードの上に置かれた小さな包みを掴み取った。
 彼女の熱が冷めないうちにと、楓士雄はベルトのバックルを外し、タンクトップを脱ぎ捨てる。ひっくり返しになっても気にしない。むしろ気付いていないかもしれない。それから下に履いているものを一気に、靴下まで器用にまとめて脱いだ。
 何も纏っていない彼女と違い、楓士雄は脱いだ後に着けるものがある。両手で反り返ったペニスを持って、丸まっていたコンドームを伸ばしていった。
「いいっすよね? ちゃんとゴムも着けたし」
 こんな状況で首を振れるわけがなかろう。彼女は楓士雄を見ながら頷き、仕草で伝えた。
 楓士雄の身体つきに、彼女の体温が上がった。ずるいよ楓士雄くん、と彼女はじわりと足の間を潤ませる。楓士雄の身体に無駄なものなどない。完璧で、うつくしくて、色気がある。
 いつの間にか崩れたオールバックから髪が垂れていた。楓士雄は邪魔そうにそれを手でかき上げる。その瞬間の楓士雄は、男の子でも男の人でもなかった。オスだった。
「楓士雄くん、きて」
「……ん。あ、俺初めてだから……その、あー……、頑張ります」
 ふっといつもの楓士雄の表情が戻ってきた。胸が張り裂けそうだった彼女は、ほうと息を吐く。
 足を広げられ、割れ目のひだも一緒に引っ張られて入り口が剥き出しになった。まじまじと見れば楓士雄の指先くらいの大きさしかない。楓士雄はつい自分のものの太さと見比べて、マジで入るのかと息を飲んだ。
「じゃ……いきます、……っ、ん、ッつ……」
 身体の中に潜ってくるものを彼女はゆっくりと迎え入れる。楓士雄の腰の進みに合わせて息を吐き、腰を揺らがせた。
 滑りはじゅうぶんだが、身体がなかなか感覚を取り戻さない。楓士雄を押し返そうと身体の中が収縮する。
「きつ……」
「もっと強く押して、んッ、そ、そんな、ふうに……」
 彼女の胸元に膝が当たりそうになる。楓士雄が腰を押すと、彼女の身体がぐいぐい押されていく。少し息苦しいが、楓士雄のものが彼女の下腹部を穿った。
「……ふじおくん、いま、ここまで届いてる」
 へその下あたりに手を置いて、楓士雄のものがあるあたりを示す。そこはもうほとんど天井だった。
「へへ、俺ら繋がっちゃいましたね」
「……ん、うれしい」
「俺も」
 あんなに躊躇していたのに、今は多幸感しかない。彼女が楓士雄の背に腕を回して、にこりと笑う。
「楓士雄くん、我慢しなくていいから。動いて、わたしに楓士雄くんを刻み込んで」
「ちょ……ッ、タンマ! 俺今にもちんこ爆発しそうなんですよ! そんなエッチなこと言われた、ら……」
 楓士雄が気まずそうな顔をした。あからさまに視線を逸らして、「すんません、出ました」と告白した。
「だっ、第二ラウンド、いきますんで!」
 楓士雄はそう言ってコンドームを取り替える。最初に使ったものは、ティッシュで何重にも包んでゴミ箱に投げた。
 また同じことをする気にはなれなかった。楓士雄も彼女も、黙々と事を進めていく。さっきは死ぬほど恥ずかしかったが、前向きに捉えればリハーサルだろう。力加減も、腰の進め方も、二度目の方がスムーズだ。
「……ッ、あ、あッ、ふっ、ふじ……おっ、く……、あッ、やぁッ」
 ほとんど中に入れたまま、楓士雄は上手く腰を前後させてペニスを動かした。これなら彼女の好きなところをずっと攻め立てることができる。絶え間ない刺激に、だんだん彼女は喉を反らしていった。
「あ??ッ、だめ、ふじおくッ、いや、きてる、きてる、の……ッ」
 指でされた時と同じように、揺さぶりで膀胱が膨れていく気がした。彼女は髪を乱して首を振る。切羽詰まっているのに、楓士雄は全く違う話を切り出した。
「ね、俺のこと『楓士雄』って呼んで。俺も呼び捨てしたいから」
「な……で、こんな、時、に……ッ、あ、あッ」
「今そう呼ばれたいから、なっ、お願い」
 こんな時でもしっかり小首を傾げて、楓士雄はおねだりをする。
「??ッ、ふじ、お……」
「やべ、最高……。じゃ、俺もお返しに」
 楓士雄は思い切り身体を丸めて、仰反る彼女の耳元に口を寄せた。声にたっぷりと気持ちを込めて、彼女の名前を紡ぐ。
「……あいしてるよ」
 危うく彼女は気を持っていかれるところだった。
「反則……」
「こんな時でしか言えねーし」
 ぎしぎしベッドを軋ませて、楓士雄はたっぷり彼女を揺さぶった。お望みどおり、楓士雄を身体の中に刻み込めたに違いない。

 広々とした湯船の中で、彼女は身体の力を抜いた。自然と口が開き、「はぁ」なんて声が出てしまう。
 この広いバスルームはほぼ二人用だと楓士雄は分からなかったのだろう。すりガラス越しに、ベッドの上でゴロゴロしている楓士雄のシルエットが見えた。
 先に楓士雄がシャワーを浴びて、次に彼女が入った。カラスの行水だった楓士雄と違い、彼女は広いバスルームを堪能している。
 身体に付いた滑りを洗い流してさっぱりした。備え付けのバスローブを借りて洗面所を出れば、下着一枚で過ごす楓士雄がベッドの上にいる。
「楓士雄くん、湯冷めするよ」
 呼び方はいつものように戻っていた。楓士雄はさん付け、そして彼女は「楓士雄くん」と。
「あ、おかえんなさい! これ見てくださいよ!」
 楓士雄は手にしていたものを彼女に見せる。ホテルのオプションサービスがまとめられたファイルで、楓士雄が開いたページにはホテルで販売しているコスチュームが載っていた。
「俺としてはこれがいいんですけど」
 楓士雄が指差したのは、バニーガール風の衣装だった。肩を露出させたレオタードに、足を包む網タイツ、頭にはうさぎの耳のカチューシャ。おまけに襟を模した首飾りも付いているらしい。
「……楓士雄くんが着るの?」
「ぶっ! なんで俺が!? そっちに決まってるじゃないですか!」
 そこまで言われて初めて、楓士雄が彼女に着てもらいたいコスチュームを選んでいたと気付いた。
「絶対似合いますって、可愛いだろうな」
「……いや」
「いやいや、着ましょう! 着てください!」
 なんなら今、とフロントに電話をかけようとした楓士雄を彼女は必死に止める。お互いもつれて、倒れ込んで、折り重なって笑って。
「……エンチョーしちゃいます?」
 楓士雄が提案した時にはもう、彼女のバスローブを肩から落としていた。