yam yam friends

 メシ食うべ、で話が済む仲というのはありがたい。親戚の家に行っている家族から、夕飯をご馳走になるから帰りが遅くなると連絡があったのだ。料理がからっきしというわけではないし、冷凍庫を開ければ冷凍食品がたんまりある。それでもなんだか今日は、家でひとりで夕飯という気分になれなかった。
 そんな時に連絡するのが、小学校の頃からなんとなく続いてる男友達二人とのグループチャットだ。わたしはスマホの画面をタップして、グループチャットにメッセージを投稿する。

 --晩ごはん食べに行かない?

 夕飯前の手持ち無沙汰な時間帯なのもあり、即座に既読という文字が表示される。先に返事がきたのは、お気に入りのシルバーアクセサリーをアイコンにしている方からだ。

 --乗った

 次いで長くハマってる格闘漫画のキャラクターが「OK!」のジェスチャーをしているスタンプが送られてきた。
 さてさてもうひとりはどうだろうか。少し遅れてメッセージが届く。

 --金欠なのと、今夜ビーフシチューなんだよね

 文末にはハートマーク、にやりと笑うキャラクターのスタンプ。そしてもう間もなく始まるであろう夕飯の食卓の写真が送られてきたではないか。
「うわ……っ、いつ見ても美味しそう小田島んちのビーフシチュー……!!」
 男友達のひとり、小田島有剣の家はビーフシチューがとにかく美味しいのだ。わたしも一度ご馳走になったことがあるが、お肉はほろほろ、ルウはコクたっぷり。おまけに一緒に出てくるバゲットはこの辺で一番美味しいパン屋さんのやつだ。
 写真を見るだけでも思い出すあの味に口元がうずうずしてしまう。

 --あげないよ?

 シルバーアクセサリーがアイコンの方の男友達、志田健三がうまそううまそうと投稿したのに対し、小田島がそう返していた。思考を読まれた気がする。
 わたしは個別チャットに切り替え、志田と待ち合わせ場所を決めることにした。すると、志田がうちまで迎えに来てくれるというではないか。わたしはお言葉に甘え、志田が玄関のチャイムを押すのを待った。
 なんとなくつけたテレビのニュースが天気予報に変わる頃、玄関のチャイムが鳴った。わたしはテレビを消し、鞄を持って靴を履く。玄関を開けると志田が「おっす」と片手を上げた。
「ちーっす。じゃ、行こうか」
 玄関の鍵をかけて、志田と並んで歩き出す。
「何食う?」
「……口が小田島んちのビーフシチューになっちゃったんだけど」
「俺も同じだわ」
 飯テロというのはああいう行為を指すのだろう。口があつあつとろとろのビーフシチューを欲している。しかしこの近くにビーフシチューなんていう小洒落たものを提供する店はない。
「ついでに言うと俺がっつり食いたい」
「志田んちは晩ごはん何の予定だったの?」
「コロッケ」
「……それは誘いに乗る理由も分かるわ。足りないでしょ絶対」
 食べ盛り育ち盛りの年頃にとって、コロッケなんておやつだろう。それが晩ごはんのメインだなんて、志田にとっては酷なはずだ。
「トンカツとかさぁー、肉がっつり食いてぇー。あと米もー」
 空を仰いで志田が嘆く。
 ビーフシチューっぽくて、トンカツとか肉も食べられて、ご飯もがっつり。わたしの頭にはカレーチェーン店の看板が浮かぶ。
「よし、カレー行こうカレー」
「安定の選択だな」
 行き先が決まり、わたし達は交差点を曲がる。
「今限定のやつって何だ?」
「えー、なんとかスパイシーカレーっていうのやってるってCMで見た」
 ファミレスよりもこじんまりとしたそのお店は、煌々と明るい。珍しく人は少なかった。お店のドアを開けると、すぐに「二名様」と通される。二人だけど四人がけのテーブルに案内された。志田は身体がでかいからありがたいだろう。
 メニューを広げるたびに、この店はテーマパークみたいだと思う。期間限定のやつに、定番のメニューもあれこれトッピングが選べる。席についてサッとオーダーを告げる人を尊敬してしまうくらい、わたしは悩んでしまうのだ。
「志田、カレーうどんある! カレーうどんにしよ!」
「ざけんな、このライダースいくらしたと思ってんだ!」
 メニューの後ろの方にカレーうどんを見つけ、わたしはにやにや笑いながら志田にそれを勧めた。志田が着ているのは、お気に入りの白のライダースジャケットだ。わたしに言い返しながら、志田はライダースジャケットをごそごそと脱いだ。
 肉、野菜、シーフード、変わり種。一通り目を通したが、志田もわたしも似たようなメニューが気になるらしい。レギュラーメニューではなく、期間限定のメニューブックを指差して志田が言う。
「俺はこの『カツ三昧カレー』」
 わたしはその上にあるメニューを指差した。
「わたしはこっち。『ささみカツとヒレカツカレー』」
「がっつりいくな」
「今日はチートデイ」
 日頃体重の変動に一喜一憂しているが、今日はがっつり食べようと決めた。わたしはテーブルの上のベルを押して店員さんを呼ぶ。すぐにデンモクを持った店員さんがやってきてオーダーを確認していく。
「ライスの量はいかがなさいますか?」
「俺五百グラム」
「わたし……、ささみカツの方は普通で」
「かしこまりました」
 店員さんは志田とわたしのオーダーを間違えることなく復唱し、テーブルから離れる。そしてすぐにキッチンへとオーダーが伝えられた。
 ぽつぽつと他愛ない話をしているうちに、わたしのオーダーが運ばれてきた。カレーの匂いが鼻から脳へ突き抜ける。反射でお腹もぐうと鳴りそうだ。志田のオーダーもその後すぐに運ばれてきた。ライス五百グラムはちょっとした山になっている。そしてその山にトンカツ、チキンカツ、ヒレカツのカツ三昧がどんと乗っていて、なんというかお神輿状態だ。
「志田ソース使う?」
「使う使う」
 店員さんが一緒に持ってきたソースをカツの上にたらりとかけて、わたし達は各々スプーンを持つ。
「いただきます」
 ほとんど同じタイミングでそう言って、スプーンを動かし始めた。
 わたしのひと口目はいつも決まっている。ルウとライスの境目だ。ここから少しずつ食べていく。カツの衣のサクサク感が無くならないうちにと、勿体ぶらずにカツも頬張る。
 志田も黙々とスプーンを動かしている。どう見てもご飯の方が多いので、最後までルウを残そうと計算しながら食べているのだろう。ソースのかかったトンカツを一切れかじった時、「あっち」と志田が舌を出した。
「揚げたてやべぇ」
 志田は水を飲んで一時休止。わたしもつられてスプーンを止めた。
「志田のカレー、山じゃん」
「コロッケで萎えてたから今日は五百グラム食えるわ」
 まるで格闘ゲームに挑むような目つきで志田は言う。揚げたてのトンカツを少し冷ますことにしたのだろう。志田は先にご飯を食べ進めていく。
 わたしも再度スプーンを持って食べていく。しっかり口を開けて、スプーンでカレーを中へと運ぶ。だんだん身体が温まってきた。鼻の奥がじゅわっと溶けて、鼻水が出そうになる。
 もう半分以上食べてしまった。ご飯もルウもカツもいいバランスで残っている。どうしようかな。カツをひと切れ最後に残そうかな。でもそうすると、目の前の奴が狙うんだよなぁ。
 男三兄弟で育った志田は、事あるごとに「肉料理は戦争」と言っている。それぞれのお皿にたっぷり盛り付けられても足りないのが育ち盛りというもので、志田は上のお兄さん達によくおかずを取られていたらしい。しかも理由は「ノロノロ食べてるからもう食べないのかと思った」だそうだ。さすがに断りなく人のおかずを取ったりはしないが、食べないなら俺が食うというのが志田だ。わたしは目の前の志田の様子をチラチラ伺いながら、カツを最後に残しておくか考える。
 ……志田のお皿にもまだ結構あるし。わたしはカツが最後に残るよう、先にカレーを食べ進めていく。最後のひと切れにはソースを追いがけしよう。我ながら完璧な計画に、むふふと口元が緩む。
 ご飯とルウ完食。そしてお皿に残ったカツにソースをたらり。スプーンで拾い上げて口の中へ。カレーを食べたのにカツまであるなんて、と脳が錯覚を起こす。幸せだ、満腹だ。
「ごちそうさまでした」
 ひと足先に食べ終えたわたしは、お水を飲んで向かいの志田を眺める。志田はカツを先に食べてしまう派だ。カツ、カツ、カレー、水、カツ、カツ、カレーと規則的なリズムで順調に平らげていく。トンカツ、チキンカツ、そしてヒレカツも食べ終えた志田は、テーブル備え付けの福神漬けに手を伸ばした。ご飯とルウだけになったお皿に赤の彩りをどさりと落とす。
 気持ちルウの方が少ないせいか、志田はご飯と福神漬けでしばらく食べていた。カレーなのに最後はご飯だけ、というのは誰でも嫌だろう。ご飯をじゅうぶんに減らしてから、またルウと一緒にスプーンですくう。ラストスパートだ。志田は黙々とスプーンを動かして、米粒ひとつ残すことなく綺麗に完食した。
「ごちそーさんっした!」
 そう言って志田はスプーンを置き、コップの水をゆっくり飲む。志田が水を飲み終えると、わたし達はそれとなく席を立った。
 別々に会計を済ませ、店を出る。カレーでほかほかと火照った身体に夜風が心地よい。
「おいしかったー!」
「あー美味かった!」
 二人揃って空を仰ぎ、最高の満腹感を声に出した。
「あ、そういえば志田、わたしのカツ狙わなかったね」
「あー、気になってたけど、お前最後に残す派だからやめといた」
 気まずそうな顔で志田が続ける。
「上の兄貴が彼女に怒られたって、俺らに忠告してきてさぁ……。兄貴の彼女、ゆっくり食べる人らしくて、兄貴がいつものノリで食べないのか聞いたら『食べるよ!』ってすっげー怒られたんだと。それ聞いて下の兄貴も俺も肝に銘じたね」
「いい彼女さんじゃん」
 ひとつ大人になった志田をからかっているうちに、わたしの家まで着いた。そしてそこには見覚えのある人影が立っている。
「小田島?」
「およ、なんだケンゾーも一緒? 手間省けたわラッキー」
 小田島は駆け寄ったわたしに紙袋を手渡した。中を覗き込むと、タッパーらしきものが入っている。
「うちの母さんから。バゲットも入ってるよ」
「うそ、マジで? ありがとう小田島! やったー小田島家のビーフシチュー!」
「お前まだ食う気かよ」
「明日食べるから!」
 どうやらわたしが家にひとりだと知った小田島のお母さんがお裾分けしてくれたそうだ。
「ケンゾーちゃんはこの後ちょっと腹ごなししない?」
 嬉しくて小躍りしそうなわたしを他所に、小田島が志田に声をかける。二人の目つきが違う。面倒臭そうに聞いていた志田も、わかったよと頷いた。
「つーわけで俺らは別件あるから行くねー」
「じゃーな」
 仲は良いけど、わたしには立ち入れない領域がある。二人は絶対わたしを関わらせない。小田島と志田が通う、鳳仙学園の事情だ。
 わたしも男だったら二人と肩を並べて夜道を歩けたのだろうか。それともどちらかともっと深い仲だったら、もう少し知ることができたのだろうか。そう考えるとなんだか悔しくて、わたしはそそくさと玄関を開けて家の中へと入る。
 --美味しいとこだけ味わっていたいな。
 それがわたしの正直な気持ちだった。