おやすみ、と布団に包まるキャラクターのスタンプが投稿された。名残惜しいけど、俺も似たスタンプを送る。それからすぐに「既読」のメッセージが表示されて、俺は安心したようにスマートフォンから手を離した。
長い片想いがようやく実を結び、俺はさんの彼氏となった。あれもしたい、これもしたい。次から次へと頭の中にアイデアが浮かぶ。
俺が一番さんに話したいこと。それは、俺しか見ていない三ヶ月の景色。見送りを断って一人で歩いた空港のこと。飛行機の中から見た空と海のこと。アメリカの空港で出会った厳ついけど親切だった人のこと。ダンススクールの仲間のこと。めちゃくちゃ大きなハンバーガーのこと。
実は、全部手紙に書いていた。だけどもさんの家の住所が分からなくて、一通も出せずじまいだった。最初こそホームシックになりかけて、縋る思いで、出せないと分かっていながらさんへの手紙を書いていたけれど、だんだんそれは俺の日記のようになっていった。「さんへ」という書き出しで始まる日記って、少し恥ずかしい。
ふと思い立って、俺はベッドから起き上がった。アメリカで使っていた辞書やらをひとまとめにしてある箱から、出せなかった手紙の束を取り出す。一枚一枚目を通していると、文字だけでは物足りなくなってきた。俺はまたスマートフォンを手に取ると、保存されている写真を遡っていく。すると、一枚の写真でスワイプする指が止まった。
極彩色のネオンで飾られた空間で、ダンススクールの友人と肩を組んでいる写真だ。ダンス好きが集まるイベントがあるというので誘われて、向かった先は……なんというか、ハルさん達の方が似合うような場所だった。
だんだんあの時の記憶が蘇ってきた。同い年と聞いていたはずの友人達は、出会う女の人みんなと抱き合って、頬にキスして、中にはダンスの高揚感から咄嗟に目を逸らしてしまうようなことをしていた奴もいた。女になったハルさん達みたいな女性達は俺にも狙いを定めてきたけど、「可愛いベイビーね」と微笑まれただけで済んだ。この時ばかりは、子供扱いされたことが本当にありがたかった。
刺激的な場所から守り抜いた俺の初めてのあれこれは、全部さんに捧げると決めている。思い切り抱きしめるのも、キスするのも、その先も--。
その先、かぁ。
写真フォルダを閉じて、インターネットブラウザを開く。検索ボックスに打ち込んだのは「キスマーク」という単語だ。
映画やドラマで、キスから先のつなぎとして使われているあの仕草。ドラキュラみたいとか、相手の人痛そうだなと子供じみた感想ばかり抱いていたけれど、喜ばれるものなのだろうか。さんって俺より年上だし、興味を持っているかもしれない。
検索結果で表示されたウェブサイトを、上から順に眺めていく。独占欲のあらわれ、浮気防止、悪戯心--キスマークをつける男の心理として挙げられていたが、俺はどれもピンとこない。だって、さんも俺のことが大好きだって言っていたし。
いくつかウェブサイトを見ていると、キスマークの付け方が載っているページにたどり着く。そして、気付けば俺は自分の手を実験台にしていた。
手順を見ながらやっているのに、なかなかうまくいかない。躍起になって繰り返していると、やっとひとつ赤い痕がついた。俺の肌でもじゅうぶん目立つそれが、さんの肌にあったら--。
しばしの沈黙の後、俺は思いっきり叫んだ。
「やましいこと考えてごめんなさい!」