あした元気になあれ

 花岡のおじいさんが死んだ。
 底抜けに明るい花岡が全く笑わなくなって、学校もサボりがちになって、わたしは彼女ツラして「学校来なきゃだめだよ!」なんて毎日メッセージを送っていた。
 花岡と付き合っていたわけじゃない。でも、家も近いし回覧板回す仲だし、しょっちゅう花岡とつるんでいたし、花岡が来なくなったことを案じた誰かが「お前が連れて来いよ」って言い出したから、わたしはその気になっていた。わたしは花岡に一番近いところにいる、って。
 わたしが送ったメッセージに既読マークはつくものの、返事はいっこうに来ない。しびれを切らせたわたしは、学校帰りに花岡の家に寄った。自転車を止めて、花岡の家のチャイムを押す。鳴っているのかよくわからない手ごたえに、わたしはつい何度かチャイムを押してしまった。
 そのうちに、すりガラスの向こうに人影が見えた。人影はだるそうに動き、引き戸を開ける。
「――へいへい聞こえてますよ、って……、おっす」
 ばつが悪そうな声だった。やっと会えたというのに、わたしは唇を尖らせ、かわいくない顔を見せる。
「花岡……」
 花岡の家に押しかけて、わたしはどうするつもりだったのか。何か言おうとしても、言葉が出てこない。突っ立ったまま睨むわたしに花岡はため息をつき、「入れよ」と促した。
「……おばさんは?」
「母ちゃんなら仕事」
「ふーん」
 久しぶりにお邪魔した花岡の家は、しんと静まり返っていて、お線香のにおいがした。花岡は部屋着であろうゆるいスウェットパンツのウエストを引っ張り上げながらわたしの前を歩く。髪の毛はいつものオールバックではなく、前髪が下りていた。わたしの知らない花岡が、目の前にいる。
 飲み物を取ってくると台所に行った花岡を、わたしは花岡の部屋で待っていた。ようやく花岡に言いたいことが頭に浮かんできて、戻ってきたら何から話そうか考えていた時だ。ベッドの下に無造作に置かれたものが目に留まる。場所から考えて十中八九アレに違いないと想像できるのだが、どうしても気になってしまう。そっと引っ張り出してみれば、それは予想通りエッチな雑誌だった。しかも、開いたまま。よほどこのページが気に入っているのか、折り癖まで付いているではないか。
 制服を着た女の子が、下着を見せているショットだった。わたしでもできそうなポーズに、ついよからぬことを考えてしまう。
 ――花岡とは、一度そうなりかけたことがある。
 花岡の家の離れで、キスして、服をはだけて、花岡の手がわたしのスカートの中に入った時に「ドロボー!」って花岡のおじいさんが離れの戸を開けた。あまりにもびっくりしたからムードなんて吹き飛んでしまい、わたしはお腹を抱えて笑ってしまった。
 結局それっきりだったけど、わたしの胸を揉んだ花岡は少し彼氏っぽくふるまうことがあった。だからわたしもその気になって彼女ツラして、いまここにいる。
 気配を感じて雑誌をベッド下に戻すと、花岡がコップをふたつ持って部屋に戻ってきた。
「――麦茶しかなかったわ。別のもの、買ってこようか?」
「ううん、麦茶好きだからいいよ」
 ねえ花岡、この答えは彼女としては何点?
「てか悪ィな、全然返事しなくて。しなきゃってのはわかっているんだけどさぁ」
 そう言って花岡は自分のコップを傾ける。ぐび、と喉が上下した。
「もうすぐテストだよ」
「まじ?」
「マジ」
 テストという単語に花岡は反応するも、まだどこか上の空だった。わたしを見ているようで、見ていない。わたしは立ち上がり、一気にスカートの裾をめくり上げる。コップに口を付けていた花岡は、わたしを見てごほっとむせた。
 慌てて止めるかと思いきや、花岡は存外しっかりわたしの下着を見ている。たっぷり眺めてから、「何?」とわたしに問うた。
「……花岡、元気ないから、元気にしてあげようと思って」
 今更恥ずかしくなって、わたしは視線を逸らす。そして、握っていた裾から手を離して「元気出た?」と花岡に聞いた。出たよ、っていつもの笑みが見られたらよかった。だけども花岡は笑っていなくて、少し寂しそうな顔でわたしに迫る。
「元気にしてくれる?」
「……え、っと」
 わたしが返事をする前に、花岡がキスをした。そして一回顔を離して、じっとわたしを見つめる。花岡はずるい。キスしちゃったら、首を横に振れない。押し黙ったままのわたしに、花岡はもう一度キスをする。それも拒まずにいたら、三回目はぬるっと舌が割り込んできた。
 花岡のベッドの上に寝かされて、わたしはされるがままだ。制服のシャツのボタンが小さくてうっとおしそうにしていたけど、花岡はぷちぷちと全て外してしまった。キャミソールは上へ、ブラジャーは下へ。それぞれずらされて胸があらわにされる。
「や、ァ……、っう、ん……ッ」
 胸の先っぽを舐められ、腰がぞくぞくと震えた。花岡がそこを舐めたり吸ったりするたびに、足の間がむずむずとしてきたではないか。さっきベッドの下のエッチな雑誌を見た時と同じだ。わたしが身体を捩ると、花岡はスカートの中に手を入れてきた。
 下着が覆うところを、花岡の指が這う。最初はそっと触れていたのにいつの間にかぐいぐいと押し付けるような力加減になってきて、下着が割れ目に埋まってしまいそうになる。
「……あー、いけるか?」
 何かの具合を探っていたらしい花岡は独り言を漏らすと、わたしの履いている下着をずるずると引き下げた。脱がせたそれをぽいっと落とすと、花岡はわたしの足を左右に広げる。履いたままのスカートが壁になって、わたしからはその場所がよく見えない。スカートの向こうに花岡の頭が隠れて、なんだろうと思った瞬間だった。
「――っ!」
 ぬるりとした感触が、わたしのそこに。
 花岡がスカートに隠れた場所を舐めていると気付いた時には、わたしは嫌々と首を振った。
「やだ……ッ、はなおか、やッ、やだぁ」
のマンコ、まだ濡れてねぇんだよ」
「やだやだ、濡れてなくていいからッ……」
 それが花岡の気遣いだと、まだわたしはわからなかった。もがくわたしの足を押さえつけて、花岡はなおもわたしのそこを舐めていく。だんだん頭で考えていることと、そこが感じ取っているものがちぐはぐになってきて、わたしはおかしくなりそうだった。頭では嫌なのに、腰から下は歓迎している。
 わたしがふうふうと息を乱す頃、ようやく花岡はそこから顔を離した。スウェットのウエストをずり下して、ふと考え込む。
「……さぁ、ゴムって持ってないよな。コンドーム……」
 そんなもの、持っているわけがない。わたしが首を振ると、花岡は諦めたように「だよなぁ」と呟いた。
 ここまでしておいて、コンドームがないからとあっさり退くのか。花岡のせいですっかり熱を持ってしまったわたしは、咄嗟に言った。
「安全日! その、生理終わって、大丈夫な日だから……」
 安全日という定義すら曖昧だった。でも、保健の授業で習った排卵と生理のしくみから考えれば、生理が終わっていれば大丈夫だと思う。
 わたしの言ったことに花岡は怪訝そうな顔をしたが、わたしが再度大丈夫だと押したら信じてくれたらしい。
「……まぁ、デキちまったら俺高校辞めて働くわ」
 花岡らしくない投げやりな言葉に、わたしはでたらめを言ったことを少し後悔した。
 元気になったら、いつもの花岡になるから。わたしは花岡を元気にしてあげなきゃ。罪悪感がこれ以上広がらないように、わたしはもっともな言い訳を頭の中で繰り返す。そんなわたしを見透かしたように、ずんと重い痛みが下腹部を貫いた。

 それから何度もわたしは楓士雄を元気付けようとしたが、叶わずにいた。適当な避妊を繰り返していたからさすがにひやひやしたが、ちゃんと生理は来た。
 今日は雨が降っている。朝からだるくてわたしは布団に包まっていた。楓士雄、いつになったら元気になるのかな。